津地方裁判所 昭和42年(行ウ)2号 判決 1969年7月03日
原告
西田裕敏
被告
三重県教育委員会
主文
原告の本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告
「被告が昭和三八年八月一日なした原告に対する休職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二、被告
1 本案前の申立
主文同旨の判決
2 本案の申立
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二、請求原因
一、原告は昭和三六年四月一日以来三重県度会郡小俣町立小俣中学校に教員として勤務していたものであるが、被告は昭和三八年八月一日付で原告を休職処分にした。
二、右休職処分は、地方公務員法二八条二項一号にもとづき原告に「心身の故障のため長期の休養を要する場合」に該当する事由があるとしてなされたものであるが、右処分には左記のような重大明白な事実誤認並びに手続上の瑕疵があり無効である。すなわち
(一) 右処分当時、原告にはなんら心身の故障はなかつたのである。
(二) 被告は、右処分をなすに際して、原告に対し地方公務員法四九条一項にもとずく「処分の事由を記載した説明書」を交付しなかつたうえ、原告が同条二項にもとづき同説明書の交付を請求したにもかかわらず、これを交付しなかつたものであり、その手続にも瑕疵があつた。
三、よつて、原告は被告のなした右休職処分の無効確認を求める。
第三、被告の答弁と主張
一、本案前の主張
原告は昭和三九年六月一日復職したにもかかわらず、同年一二月三一日付で依頼退職したものである。従つて、被告が原告に対し、本件休職処分にもとずいて、いわゆる後続処分をなす危険性は全くないのであるから、原告は、行政事件訴訟法第三六条に規定する「……当該処分(又は裁決)に続く処分により損害を受けるおそれのある者……」に該当しないことは明らかであり、また「……当該処分(又は裁決)の無効等の確認を求めるにつき、法律上の利益を有する者」にも該当せず、本件休職処分の無効確認を求める適格を有しないというべきである。
よつて、本件訴は不適法であり、これを却下すべきである。
二、本案の答弁
(一) 請求原因一の事実は認める。
(二) 同二の事実中、本件休職処分が地方公務員法第二八条二項一号にもとずき、原告に「心身の故障のため長期の休養を要する場合」に該当する事由があるとしてなされたこと、右処分をなすに際して被告が原告に処分事由説明書を交付しなかつたうえ、原告の交付請求にもかかわらずこれをなさなかつたことは認めるが、その余は否認する。すなわち
(1) 原告は昭和三三年春頃から頭痛、不安神経症、憂うつ症、神経症、精神神経症等を理由に欠席がちであつたが、昭和三八年五月一日からは右同様の症状および心悸亢進症で病気休暇をとらざるをえない状態になつたのであり、右病気休暇期間の満了日である同年七月三一日の翌日である同年八月一日になつてもその回復が認められなかつたので同日付で本件休職処分に付されたものである。
(2) 原告は、昭和三八年五月初旬被告に対し心悸亢進症のため長期間の静養を要する旨の診断書を添付して日付欄が空白の休職願を提出したので、被告は原告の利益のため許される最大限の期間をもつて病気休暇の取扱いをなし前記の如く八月一日付をもつて休職処分に及んだものであつて、右処分は結局原告の願出によりなされたものであり、地方公務員法第四九条一、二項に規定する「その意に反した」ものでないから、被告は原告に本件休職処分に関して処分事由説明書を交付する義務はなく、本件休職処分にはなんら違法とさるべき瑕疵はなく有効である。
仮にしからずとするも、処分事由説明書の交付は休職処分の効力発生要件ではないから、交付がなくともこれが本件休職処分の効力に消長をきたさない。
また、前記のように、本件休職処分は原告の願出によるものであるから、原告は処分の事由を十分知悉していたものであるから、このような場合には処分事由説明書の交付がなくても処分は有効というべきである。
第四、被告の本案前の主張に対する原告の答弁
原告が昭和三九年六月一日復職し、同年一二月三一日退職したことは認める。
しかし、原告は本件休職処分により名誉、信用等の人格的利益を侵害され、その侵害の状態は現在なお存続しているのであるから、原告は行政事件訴訟法第三六条に規定する「処分の無効の確認を求める法律上の利益を有する者」に該当し原告適格を有するというべきである。
第五、証拠
一、原告
(一) 甲第一ないし第三五号証を各提出
(二) 証人長沢喜三、同西田亮一、同安田敏雄の各証言および原告本人尋問の結果援用
(三) 乙第二号証の一の成立は否認し、その余の乙号各証の成立は認める。
二、被告
(一) 乙第一号証の一ないし二五、同第二号証の一ないし五、同第三号証の一ない四、同第四号証の一、二、同第五、六号証を各提出。
(二) 証人安田敏雄、同綿谷邦吉、同長沢喜三の各証言を援用
(三) 甲第一号証、同第三、四号証、同第九、一〇号証、同第一二ないし第二〇号証、同第二二ないし第三一号証、同第三三ないし第三五号証の各成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。
理由
本件無効確認の訴が不適法であるとの本案前の主張について判断する。
請求原因一の事実および原告が昭和三九年六月一日復職したが同年一二月三一日に退職したことは当事者間に争いがない。
従つて、原告は昭和四〇年一月一日から被告において任命権(任用、分限、懲戒処分権)を有する教員たる身分を喪失したものであり、遅くともそれ以降は被告が原告に対し本件休職処分にもとづいていわゆる後続処分をなす危険は全くなくなつたのであるから、原告が行政事件訴訟法第三六条に規定する「当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者」に該当しないことは誠に明白である。
次に、原告が本件休職処分の無効確認を求める法律上の利益を有するか否かについて考えるに、原告は、本件休職処分によつて自己の名誉、信用等の人格的利益が侵害され、その侵害状態は現在なお存続しているのだから、原告には右処分の無効確認を求める法律上の利益がある旨主張するが、仮に本件休職処分が無効であり、その処分によつて原告の名誉、信用等の人格的利益が現在なお侵害されているとしても、その回復にはより端的な救済手段である別個の訴訟(例えば損害賠償請求訴訟、謝罪広告請求訴訟等)でこれを訴求することができるのであるから、右の事由をもつて本件休職処分の無効確認を求める法律上の利益があるとはいえず、他に本件休職処分の無効確認を求める法律上の利益の存在を窺うに足りる事情は全く見当らない。
してみると、本件訴は、原告が行政事件訴訟法第三六条に定める原告適格を欠き不適法であるといわなければならない。
よつて、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。